「まともに生きていけないや」と気づいてしまった少年少女たちへ

わたしが「まともに生きていけないや」と気付いたのは大学3年生の、就職活動を始めた頃だった。自分には得意なこともやりたいことも何も無くて空っぽなんだ、と気付かされて、そうして人生が変わってしまっていったわけなんだけれど、(参照:昔からママの機嫌ばかりを伺う子供だった。)わたしが唯一幸運だったのは、”義務教育も何もかもが終わっていた状態”で、それに気付いたことだった。

小学生、中学生、高校生のあいだ、わたしは自分が生きて、毎日朝早く起きて朝ごはんを食べて満員電車に乗りながら英単語帳を開き、よく分からない授業のノートをきちんと取り放課後は部活動を行いコンビニでからあげ棒を買い食べながら(行儀が良くない)帰り、宿題を終わらせてテスト勉強をして寝るという生活になんの疑問も持たず、それがこの世の当たり前で、常識だった。わたしはそういう子だった。

でも、今、たくさんの「そうじゃない子達」に出会っている。

「学校も行けないし家族仲最悪だし死にたい」と泣いていた女の子は15歳だったし、「自分が空っぽで希死念慮が止まらなくてどうしたらいいのか分からない」とDMをくれた男の子は17歳だった。わたしが去年から出会ったたくさんの少年少女たちは大体がそうだった。自分の弱さ、人間の弱さに10代で気づいてしまって、これからの人生が不安で仕方なくなってしまった、賢くて脆い子達。

わたしと同じような思いをしている子達の年齢が、若すぎるんだ。せめて、せめてもう少ししてからでよかったのに、今気づいてしまったら、自由がなさすぎる、これから先が長すぎる、生きるのが嫌になってしまう

辞めちゃえ、いかなくていい、やらなくていい、自分の人生なんだから好きなように生きろ、大人の言うことなんて信じるな、というのは簡単で、その一言でその子達の背中を押すことになるなら何度でも言うけれど、でも、そんなのは本当の助けにはならない

わたしも就活の時期に反吐が出るほどそんな言葉を見た。でも結局大人の言いなりだった。「まともな人生へのつらさ」よりも「まともじゃない人生への恐怖」の方が勝っていたからだ。

人並みの人生のレールから足を踏み外すのが、なによりも1番、1番怖かった

やっぱりこの世の中は嫌いだ、苦手だ、わたしは神様じゃないから、きみの生きづらさを一緒に抱えながら一緒に生きていくことしかできない 明確な答えは出せないし、君が一生生きていけるだけのお金を渡すことも出来ない。

世の中には、君が思っているよりたくさんの生き方がある。

そして、人にとっての幸せは、人の数だけある。

親とも、友達とも、恋人とも、世間とも違う、自分だけの、自分なりの幸せを、生き方を、どうか見つけられますように。そして、それを否定してくる奴に全力で笑えますように

「自分はこうやって生きていきたいんだ」って

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